いざ陸前高田⑥

 ①~⑤までで、今回の支援活動の概要を事実を中心に淡々と報告させていただいた。それは、感情を書いてしまうと私の心情的にちょっと大変だったからだ。

 地震や津波の被害の悲惨さを強調したければいくらでも強調できるのだろうが、あまりそれはしたくなかった。それは写真をみれば十分汲み取れるだろうし、すでにテレビの報道などでも十分にされているのであるから、あえて私がそれを語る必要はないと判断したからだ。

 私がここで報告させていただいたのは、単に被害の悲惨さを伝えたいということではない。今後もこういった支援活動は必要とされるであろうから、その活動をなさる方の参考になればと願い記した次第である。

 今回の活動でお会いさせていただいた方々からほとんど例外なく私たちに向けられた言葉は、「どこに泊まったの?」という台詞であった。

 陸前高田やその周辺にはまともに稼動している宿泊施設はないらしい。一関市に出ればあるにはあるが、車でも一時間以上かかる。それになにより、一関市のホテル類は空室がない常態なのだそうだ。仮設住宅などを建設するための業者さんなどの宿泊先として、当分の間埋まっているとのことらしい。

 だから、今回我々は幸運にも池田氏のご親戚の方のお宅に泊めていただけたということを知った。ここに泊まる算段ができなければ車中泊が続くことになったので、来ることを躊躇したかもしれない。

 ここに改めて、宿泊先を提供してくださったお方に厚く御礼を申し上げる。

 それと、印象的だったのが、仮設住宅にいる人と避難所にいる人との違いである。ほとんど同じ場所にいるし、同じように被災した者同士のはずである。にもかかわらず、避難所には物が集まり、仮設住宅の人には物資が届かないという現実。

 たてまえでは、仮設住宅の人はもはや避難民ではなく、借家住まいの単なる住民になるらしい。ただし、賃料が無料なだけの。

 もしも私が被災者で、仕事を失って収入のあてもなく、頼る者もおらず、貯蓄もないような状態であったとしたら、仮設住宅で自活を求められても困惑してしまう。きっと、仮設住宅に入ったらすぐに住所変更の届けとともに生活保護の申請窓口へと向かうだろう。

 なお、今回我々が被災地に運ばせていただいた支援物資の一覧(一部)を記載させていただく。これは今回の支援金(支援物資を買った)や支援物資をご提供いただいた方々へのお礼の意味でもある。たくさんいただいたので記載漏れしているものもあるとは思うがご容赦願いたい。

 ゴミ袋、ガムテープ 、ボックスティッシュ、タオル(手ぬぐい)、手土産のお菓子 、甘酒 、衣類、生理用品、入れ歯洗浄剤 、薬用石鹸、めんぼう、汗取りシート、歯ブラシ、歯みがき粉 、洗顔フォーム 、ポテトチップ、軍手、マスク、飲料水、ハンドタオル、フェイスタオル、バスタオル、ショッピングバック類、子供用リュック、帽子、スリッパ、靴、本類 、Tシャツ、婦人タンクトップ、婦人ショーツ 、婦人靴下、子供靴下、メンズ靴下 、保存食品(レトルト、ごはん、缶詰、お茶) 、生鮮食料品(野菜・くだもの)、虫除けスプレー 、急速冷却パック、虫対策グッズ、おもちゃ(ブロックなど) 、お菓子、子供の学用品など。

 以上で、今回の支援活動の報告を終了させていただく。

 ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。<m(__)m>

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