6月18日~19日に、池田優子氏に随伴して岩手県の陸前高田市へ行って参りましたので、その報告です。
17日にレンタカーを借りて、夕方に荷物を積み込む。
結構荷物(ほとんどが支援物資)がたくさんなので、積み込みにも一苦労。ふう。
夜になって出発し東京へ。
スタッフ2名を拾い、首都高で川口JCから東北自動車道に入る。
交代で運転できたので、ほぼ無休で岩手県に入る。
18日午前5時くらいには一関市に到着。一関市の道の駅かわさきで休憩と時間調整。もう5時くらいで充分明るい。日が長いのだろう。
そこで大学生とおぼしきたくさんのボランティアさんを乗せたバスと自衛隊の車に遭遇。この辺りは、支援ための中継基地となっている模様。
その後、第一訪問先へ。岩手県の小学校の先生の話を聞けた。内容を書くと悲惨になるので、割愛。
その後、陸前高田市の長部保育所を目指す。
途中、道を間違えてしまい、震災で道が寸断されているなどの状況も相まってナビが使えない状態になる。適当に車を走らせていたところ、導かれたかのように気仙沼市街へ。
市役所の立派な建物があった。でも、どこかで見たような…。
で、なんとその先は、無惨な津波の被害地区。
震災・津波の爪痕という言葉では足りないくらい悲惨…。しばらく絶句。
なにもかもグジャグジャに壊れている。戦争中でもこんなふうにはなっていなかったかもしれない。
そんな中、道を通過できるようにしてくれている労力に感謝。おかけでバックすることもなく無事通過できた。きっと、多大な尽力があったに違いない。
なんとかそこを脱し、気を取り直して長部の保育所へ向かう。
その前に目にしたのは陸前高田の郊外の住宅街。正確には住宅街だったところ。
神社の社も、こんな状態。
いざ陸前高田②へ続く。